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翌日、陽が空高くのぼり始めたころ、フーゴの姿はウルタニアの街中にあった。片手には花束が握りしめられている。
巡察ではない。
「また来たのかよ。飽きねぇ奴だな。」
いつものように路地裏に座り込んでいる彼女の前にフーゴが現れた時、シルヴィアは吐き捨てるように言った。
「あらためて、昨日のお詫びがしたくてね。」
「なんだよ、それ。」
シルヴィアは目線で花束をさした。
昨日執事と相談して、手土産にと思って持ってきたものだった。シルヴィアから情報を聞き出すために、少しでも彼女の機嫌を取っておきたかったのだ。
「プレゼントさ。」
「・・・趣味じゃねぇよ。」
「うむ・・・。やはりそうだったか。しかし、受け取ってほしい。」
「こんなもん、何に使えばいいんだ。」
「眺めてみるとか、匂いをかいでみるとか。それが嫌なら、花占いとかはどうだ?」
「なめてんのかよ。」
ふっ、と、シルヴィアは笑った。苦笑いだったが、彼女が見せた初めての笑顔だった。
「まぁ、いいさ。受け取っておいてやるよ。」
「そうか!うれしいよ。」
シルヴィアに花束を渡した後、フーゴはあらためて彼女に向き直り、本題を切り出すことにした。
「それで、シルヴィア。聞きたいことがあるんだが・・・。」
「なんだよ。」
「ナスティ公が謀反をたくらんでいるという噂を、君は知っているか?あれは本当なんだろうか。」
「・・・なんであたしに聞くんだ。」
ナスティ公という名前が出ると、シルヴィアの表情はとたんに険しくなった。
彼女の機嫌が悪くなったのは明らかだったが、しかし、フーゴもいまさら引き下がるわけにはいかない。
「君は王国に反対している活動家なんだろう?知らないのか?」
「知るかよ、そんなもん。」
シルヴィアは突き放すように言った。
「ぶしつけなことを聞くようですまないが、頼む。知ってることがあれば何でもいいから教えてくれ。この街を守るためなんだ。」
「この街を守る?」
「そうだ。もし本当だと言うのなら、ナスティ公の圧力を防ぐ手立てがない!」
フーゴは、必死だった。これで彼女が口をつぐむなら、ナスティに向かった側近が戻るまで情報を待たなければならない。軽く見積もって一、二週間はかかるだろう。
だが、そんなフーゴの現状を知ってか知らずか、シルヴィアはため息まじりに口を開いた。
「バカな野郎だな。こんなとこ、誰も攻めないよ。」
「何!?」
「どうせやつらが狙ってるのは、ペルシャナだろ。ウルタニアは関係ない。」
「・・・そうか。そうだったのか。」
その言葉を聞いて、フーゴは急に肩の力が抜けた。目の前にせまってきていた巨獣のようなものが、突然霧になって空に消えていってしまったようだった。
「よかった。ウルタニアは関係がないのか。」
「・・・あきれたやつ。」
シルヴィアは、相変わらず不機嫌そうにそう言い、フーゴの顔の前に手のひらを突き出した。
「何だ?」
「情報料、よこせよ。」
「聞いてないぞ。」
情報料くらいなら素直に渡してもいいが、それでは不満があった。
たしか、以前もシルヴィアには金を渡したことがあるはずだ。しかも、この前はお詫びと言うことで高価な装飾品をやっている。フーゴとしては、彼女にみつがされているような気分だった。
「前も、その前も金や貴金属を君にやったじゃないか。それはどうしたんだ。」
「ああ?飲んだに決まってるだろ。もう金がねーんだよ。」
「馬鹿な。」
最初にやった3000zはともかく、その次にやった金細工のブローチは、売れば軽く一、二ヶ月も生活できるほど高価なはずだ。
「なぜすべて使い切ったんだ。あれを元手に立ち直ろうとは思わなかったのか?」
「うるせぇ。もう飽き飽きなんだよ。そういうのは。」
シルヴィアは力なく言った。
彼女は本当に活動家なのだろうか。
フーゴは、そう疑問に感じた。
何よりも、彼女から志が感じられなかった。強力な統制下にある王国内で反政府活動を起こすくらいなのだから、彼女は相当な志を持った、芯の強い人物なはずである。指名手配程度でへこたれることは無いはずだ。
しかし、今ではこうして、ただただ絶望に打ちひしがれているように見える。
お人よしのフーゴは、彼女を何とか立ち直らせてやりたくなった。そうしなければ、腹の虫がおさまらなかった。
「・・・前の十倍の30000zほど置いておこう。これだけあれば、したいようにできるだろう?」
「ああ、飲むには十分だ。」
「一週間後、また来るよ。その時には、君が立ち直って、ここから居なくなっていることを望む。」
「・・・。」
彼女は、何も言わなかった。
フーゴもあえて何も言わずに、その場を去った。
――― 彼は、帰った。
目の前には10000z紙幣が三枚重ねて置かれている。
空を見ると、すでに夕暮れである。
(何なんだよ。)
シルヴィアは紙幣を手に取ったが、素直にそれをポケットにねじ込むような気にはならなかった。
彼は、また来ると言った。そして、それまでにシルヴィアが立ち直っていることを望む、とも。
(そんなの、あたしの勝手だろ。)
心の中のもやを打ち消そうとして、そう自分に念じてみた。が、相変わらずもやが晴れることは無かった。
ふと、横においてある花束が目に入った。
花をもらうなんて、何年ぶりだろうか。たしか、最後にもらったのは母が生きていたころだから、17年くらいは前だろう。
シルヴィアは、何となくそれを手に取った。
赤や青、黄色のあざやかな花々が、たくさんの白い小さな花に囲まれている。匂いをかいでみると、強い独特な芳香が鼻を刺激した。
しばらく、花をいじくっていた。どれくらいの時間がたったかは分からない。
辺りには夜の闇が広がり始めている。
暗い路地裏に、一人だった。別に寂しくは無い。
小さいころに家を飛び出してから、ずっと一人で生きてきた。
他人とかかわる気はないし、もう慣れっこである。
(・・・飲もう。)
シルヴィアは、やっとふんぎりがついて、目の前の金を取った。そして、すぐにそれを使うというのに、きれいに折りたたんでからポケットにしまった。
ひっそりとカウンター置きましたw