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数日が経つと、フーゴの下にある噂が流れ込んできた。
それは、ウルタニアから見てずっと北東に勢力を持つヒルン共和国が、ナスティ公 ビンツ・トルーデと共謀して、王国を攻めようとしている、という噂だった。
広大なアマンダス王国は、その領土を7つの州に分け、それぞれに公位を設けて封建的に分割統治されている。フーゴもそのうちの1つ、ウルタニア公に任じられている。
ナスティ公 ビンツといえば、ヒルコン川をはさんでウルタニアのすぐ隣にある、強大なナスティ州の支配者である。もしこれが王国に反旗を翻すとなれば、ウルタニアは王国とナスティ公との板挟みになってしまうかもしれない。
フーゴは、真偽も分からないこの噂に、何となくざわめきを感じた。
表面上、ウルタニアでは特に目新しいような事柄も無く、いつも通り平穏な日々が過ぎていた。
しかし、フーゴとしてはこの平和をどうやって守っていけばよいのか、悩みの種だった。
もしナスティ公からこの地に圧力があった場合、弱小のウルタニアはナスティ公に従わざるを得ない。しかし、それはウルタニアも反乱に加わるのということなのである。
ウルタニアの青年支配者から出るのは、ただ溜息だけだった。
すっかり追い詰められて仕事もろくに手につかず、巡察にかこつけて考え事をするために街中へ現れることが増えた。
そして今も、今日二回目の巡察をしている。とはいっても、市民たちに自分の不安を悟られてはいけないので、意識していつも通りの元気を装ってはいた。
フーゴは行き交う市民たちと一言二言交わしながら、下り坂のインドラ通りを降りていたが、その内に、カラ元気を見せることにすら疲れてしまった。
人通りの少ない道に入って休もう。
そう思い、フーゴはいつもは通らない路地に入った。
ひらけたインドラ通りではそうもいかなかったが、人一人いないこの路地では、存分に考え事にひたることができる。
(そういえば、前にこの道を通った時は、道端で女に会ったな。)
フーゴは物思いの最中に、ふとそんなことを思い出した。
女には、贅沢をしなければ一週間も生活できるほどの金を与えている。おそらく彼女はもう立ち直っていて、この路地から抜け出していることだろう。
だが、歩を進めていくと、その淡い期待は裏切られた。
前方に人の気配がした。
女が、以前会ったのとまったく同じようにして、地べたに座っていた。身なりも汚いままだ。
「君。君は、この前もここにいたな。」
フーゴはいぶかしげに言った。
「・・・ああ?またテメェか。」
「今度こそ、名前を聞かせてもらおう。私にはその権利がある。」
いつもなら見逃したのかもしれないが、今のフーゴには心の余裕が無くなっていた。ナスティ公の件もある。それに、放っておけばさらに物憂いの種を増やしてしまうような気がしたのだ。
「私はウルタニアの領主だ。しようと思えば、無理やり君の口を開かせることもできる。だが、なぜそうしないかは、分かるな?」
フーゴはさとすように女に言った。
女は下を向いていたが、やがて観念して、ぼそりとつぶやいた。
「・・・シルヴィア。」
「シルヴィア・・・。シルヴィア・イルスティーンか?」
フーゴは、確かにその名前を覚えていた。
数日前に王国から届いた指名手配書。その中に、シルヴィア・イルスティーンの名前があったのだ。
「・・・捕まえたいなら捕まえろ。」
女は、まったく感情の無いまなざしでこちらを見返した。
彼女――― シルヴィアのその表情を見ているうちに、フーゴはいつも通りの寛大な自分を取り戻していくのを感じた。
指名手配書によると、シルヴィアは、王国に敵対する組織の首謀格であるはずだった。しかし目の前にいるシルヴィアは、どうしてもそのようには思えない。
なぜ彼女はウルタニアにいて、このように落ちぶれているのだろうか。
フーゴは王国の命令よりも、わきあがったシルヴィアに対する興味を優先した。
「そうだったのか。捕まえはしない。それよりも、なぜウルタニアにいるのか教えて欲しい。潜伏か?」
「・・・そんなんじゃねぇよ。」
「じゃあ、なぜだ?」
「裏切られたんだ。さんざん利用された挙句な。それで、逃げてきた。」
「誰に裏切られたんだ。詳しく聞かせてくれないか?」
「・・・。」
シルヴィアはそっぽを向いて押し黙った。こころなしか、その横顔は苦しげに見える。
「・・・すまない。」
フーゴは、自分の気遣いの無い言葉がシルヴィアを傷つけたことに気づき、謝った。しかし、シルヴィアは振り向きもしなかった。
ここは時間を置いてからまた来た方がいいだろう。
「お詫びだ。受け取ってくれ。」
そう言って、胸に付けていた金細工のブローチを取ってシルヴィアに差し出した。シルヴィアはちょっと振り向いてから逡巡し、それを受け取った。
彼女とは、それきりで別れた。フーゴは帰り道を歩きながら、彼女を傷つけてしまったという後ろめたさを感じていた。
城に戻ると、いつも通りの忙しさがフーゴを待っていた。
まず、戻ってからすぐにウルタニアを守るための重臣たちとの会議が開かれた。
ナスティ公に反乱の気配があることは、重臣たちには周知されていた。今後の施策について、フーゴは彼らの意見を聞こうとしたのだ。
しかし、会議は散々なものだった。兵士を増やして備えるべきだと言う者があれば、それに真っ向から反対する者もほとんど同数いた。
少数だが、ナスティ公にすり寄ってウルタニアの安全を保証すべきという者すらいる。
いつまで経ってもまとまることの無い会議に、次第にみな興奮が高まってきたのか、怒号や罵言すら飛ぶようになった。
最後にはナスティ公への徹底抗戦を主張していたグラニコス兵長が、激高して反対派の男に殴りかかったので、会議はやむなく解散となった。
この会議で今後の方針を決める気でいたフーゴは、さらに追い込まれた。
重臣たちも明確に答えを出せないとあれば、独力でウルタニアの進む道を探し出さなければいけない。
しかし、いくら思案を練っても、良策は思い浮かばなかった。対策を立てるにしては、情報が足りないように思えた。
(まずは情報収集か。)
やっと出た結論が、それであった。
フーゴは何人かの側近を呼びつけ、ナスティに潜伏することを命じた。その者たちに、とりあえず情報を集めさせることにしたのだ。
(いや、待てよ。)
側近たちが出て行ってから、ふと思い当たるものがあった。もしかして"彼女"ならば、ナスティ公に関する情報を持っているかもしれない。
「ジイ、聞きたいことがある。」
フーゴは執事に向かって言った。
「女性がもらって嬉しいプレゼントといえば、なんだろう?」
じきに還暦を迎える老執事は、首をかしげた。
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ひっそりとカウンター置きましたw