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そのまま城を出た二人は、街路樹が整備された城の外周を回って、東側の裏口へと回った。そこを出るとすぐに、ヒルコン川に面した港になっている。倉庫が並ぶその先には石で固められた護岸があり、穏やかに波打つ水面が見えた。
この辺りには、避難の順番を待つ市民が行列を作っていた。騒々しい雑踏の中に、人々に指示を出す兵士の怒号が混じって聞こえる。
二人はすれ違う人々を避けながら歩き、人影の無い場所に着いた。付近は漁師が使う小船が数隻置いてあるだけあり、閑散としていた。
石畳の斜面となっている護岸の前で、二人は止まった。川から吹き上げる強い風に、シルヴィアの髪はさらさらとなびいていた。
「何?話って?」
顔にかかる髪を掻き寄せながら、彼女が切り出した。
フーゴは、彼女の単純な問いに即答できなかった。心臓は千切れそうなほど激しく脈打っており、先ほどからはこみ上がるような吐き気すら感じる。
(・・・何を話せばいいんだろうか。)
彼女をニノンに引き渡す今、これが彼女との最後の会話になるだろう。
フーゴは深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐いた。そうして気を落ち着かせて、水平線から横に居る彼女へ視線を移した。
「これからウルタニアはどうなるか分からない。」
シルヴィアは黙って頷いた。
「いや、ウルタニアだけでなく、この世界すべてと言う方が正しいかもしれない。
君の言う黒龍の復活が本当であれば、この大陸に未曾有の事件となるだろう。数百年前の黒龍事件のことは詳しくは知らないが、その時には恐ろしいほど多くの人命が失われたと聞く。今回もおそらくそうなる。
そうでなくても、王国と共和国の対立は決定的なものとなっている。この街もすぐに戦乱に巻き込まれるだろう。」
フーゴが話す間、彼女は相槌をはさむことも、頷くこともしなかった。ただこちらを見て、フーゴが言おうとしていることを探っているようだった。
その時、倉庫の影から一隻の小船がこちらに向かってくるのが見えた。彼女との別れが近づいている。
「・・・これからは強く、自分を持たねばいけないと思う。自分を守るためだけでなく、守らなければいけないもののためにも。
激動の時代が来るだろうが、君も、私も、強く生き抜くことを祈っている。」
「フーゴ・・・っ!!」
シルヴィアは目をそらし、自身のこめかみに突きつけられたボウガンの矢じりを見た。二人の背後から音も無く忍び寄ったニノンが、彼女にボウガンを突きつけていた。
「そこまでよ。」
ニノンの冷たい声が、やけに大きく聞こえた。一瞬の静寂が辺りを包む。
「・・・そっか。ここまでギルドの手が回ってたんだ。」
「すまない。この街を守るためには、こうするしかなかったんだ。」
「いいよ。
・・・フーゴ、迷惑かけたね。あたしのこと、どれだけ信じてもらえてたかは分かんないけどさ。でも。」
シルヴィアは真っ直ぐにこちらを見た。その目が燦々と降り注ぐ太陽に照らされてきらりと光ったのは、そこに涙を湛えていたせいだろうか。
「それでもあたしは、あんたと出会えて良かったと思ってるよ。」
フーゴは、彼女の言葉に心を貫かれたような気がした。彼女がどれほど自分を信頼してくれていたのか、その一言で思い知らされたように感じたのだ。
出会って間もなく、道端に座って話し込んだときの彼女の横顔。幽閉された自分を助けてくれたときの少し照れたような微笑。公務室、夕空とヒルコン川を背景に、風にたなびく銀色の長髪。鋭く挑発的な赤い眼。白い頬。
すべてが連続的に脳裏に投影され、フーゴはこの期に及んで、彼女をたまらなくいとおしく感じた。その大切な存在が、今、彼の手から滑り落ちようとしている。
先ほどの小船が護岸に横付けされ、そこから数人の武装した集団が現れた。その集団に囲まれて、ボウガンを突きつけられたまま、シルヴィアは船の中に導かれようとしていた。
「待てっ!!」
フーゴは叫んだ。シルヴィアが驚いたように振り向き、こちらを見た。
「何用ですか?」
同時に振り返ったニノンが、ボウガンをこちらに向けた。今までの彼女とは違った冷酷な雰囲気が感じられる。こちらを見据えるその眼差しも、まるで鋼鉄のように硬質なものだった。
フーゴは彼女に気圧されて言葉を失ってしまった。そのうちに、彼女を乗せた船は護岸を離れ始める。
「違うんだ・・・。」
――― 私は君を信じている・・・。
遠い雑踏と波音を背景に、聞き手のない呟きだけが残った。
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ひっそりとカウンター置きましたw