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見上げると、青い空にただ一つ浮かぶ雲が、ゆっくりと北に向かって流れていった。
(のどかなもんだ。)
ウルタニア城から北西にあるインドラ通りを歩いていたフーゴは、ふと足を止めた。
6月の、ある穏やかな日の昼下がりである。
ウルタニアの市内で一番活気があるはずのインドラ通りでも、この時間帯では人通りがほとんど無く、静かなものだった。
ウルタニアは、王国の南東部にあるウルタニアランドの州都である。
フーゴは、そのウルタニアランドを代々治めてきたフランツ家の若当主であった。昨年の初春に父ジクラードを亡くしてからは、父に代わってこの地方を治めている。
(田舎だからしょうがないということもあるが、もう少しにぎやかさが欲しいな。)
4~5分、足を止めていたと思うが、フーゴとすれ違ったのはわずかに2、3人ほどだった。通りが賑わうような時間では無いということもあるが、街の中心地でこれだけだと、さすがに寂しく感じる。
フーゴは、中断していた街の巡察を再開した。
一年前にフランツ家を継いでこの街と地方の支配権を得てからは、暇な時にはウルタニアの街並みを散策するようにしてきた。そうして、少しでもウルタニア市民に近い存在であろうとしている。
今まで雲の上の存在であったフランツ家の当主が突然街中に現れた時、初めウルタニア市民はみな驚き、かしこまった。
しかし、今では市民のほとんどがフーゴと顔なじみとなっている。フーゴも、たとえば裏町の職人マットの奥さんが亡くなったとか、街の隅々まで手に取るように知り尽くしていた。
「カミラおばさん。今日は売れているかい?」
フーゴは通りの左手にある果物屋に入り、店番をしていた中年の女に話しかけた。
女はフーゴの姿をみとめると、しわが入った目尻を下げて笑った。
「ああ、フーゴ様かい。まぁぼちぼち、ってところだよ。フーゴ様が家をお継ぎになってから、治安はよくなっていいけど、もうちょっと活気があったらねぇ。」
「そうだなあ。何か工夫を考えてみよう。それよりも、キモンからオレンジを仕入れるようになったのか。」
一番目立つところに五個並べられたオレンジを手にとって、フーゴは言った。横の紙切れには、赤のインクで、「キモン産オレンジ 一つ200z」と書かれている。
「ええ。最近はキーリクからキモンまで道が伸びて、少ないけど売り物が入ってくるようになったのよ。」
「じゃあ陸路で仕入れているのか。水路を使えばもっと楽だろうに。今度キモンの商人に、商船をこちらまで回すように言ってみよう。そうすれば、もっと安く沢山仕入れられるようになる。」
「ほっほっほ。そうしてくれれば、ありがたいよ。」
「それにしても、オレンジなんて久しぶりに見たな。これをもらおう。」
フーゴは懐をまさぐって、500z硬貨を取り出して、女の前に差し出した。
「釣りはいらないよ。」
「いつもありがとうねぇ。」
買ったオレンジを片手に、フーゴは店を出た。相変わらず、通りにはちらほらと人影が見える程度である。
フーゴはそのままインドラ通りを進まずに、横の狭い路地に入った。路地の方をぐるっと回って、そうしてから城へ帰るつもりなのだ。
ウルタニアの街並みは、小高い丘にあるウルタニア城を中心に、半円を描くようにつくられている。城の背面はヒルコン川であり、街全体を城壁が囲っている。
どちらかと言えば、暮らしやすさよりは防御力を重視した都市だった。今はそういったことはないが、この街並みがつくられた300年前は、南の部族や飛龍、肉食竜の群れの襲撃が多くあったそうだ。
確かに緩やかに傾斜したこの地形は市街地には向かないが、フーゴはこの街の独特の美しさを気に入っている。
特に、少し遠くの平原から見るウルタニアは、際立って美しかった。
高台にそびえ立つウルタニア城、段々に並ぶ民家、ゆるやかに流れるヒルコン川。ことに夕暮れでは、ちょうどウルタニア城の背面に太陽が沈み、逆光に街のシルエットが映し出されるのである。
人気の無い住宅街の路地を少し歩いていると、道端に身なりの汚い女がいるのが目に入った。女は、石畳にそのまま座り込み、街路樹にもたれかかっている。
(ここらへんでは、見ない顔だな。)
そう思い、話を聞いてみようと、女に近づいていった。
歳はおそらく20半ばであろうか。女は土ぼこりで汚れた服を着、髪もばさばさで、おまけにかなり酒臭かった。周囲には酒の空きビンが2、3本転がっている。
街の治安を守る立場としては、事情を聞かないわけにはいかなかった。
「やあ、どうした?」
フーゴが話しかけると、みだれた銀髪の向こうの赤い瞳がこちらを睨んだ。女はフーゴの全身をなめるように見た後、目をそらして、それきり何の反応も無かった。
「・・・あっち行けよ。」
しばらくすると、相手をするのもだるそうに女が言った。しかし、このまま放っておくわけにもいかない。
「私はフーゴという。フランツ家の者だ。何か合ったら、遠慮せず言って欲しい。」
「いいから行けよ。」
「そういうわけにもいかないだろう。名前は?」
「・・・。」
女は、再び黙りこくった。フーゴは少しムッとしたが、すぐに冷静さを取り戻した。
おそらく女は、職にあぶれた浮浪者か何かだろうと思われた。ウルタニアは田舎だが、就こうと思えば職はある。当面の生活費さえ工面してやれば彼女はすぐに立ち直るだろうと、フーゴは思った。
フーゴは上着からあるだけの金を出して、女の横に置いた。
「分かった。少ないが、3000zほど置いていこう。体を洗って、服をあらためてから、仕事を探すといい。」
「たったの3000?フランツだかなんだか知らねぇけど、名のある貴族なんだろ?もっと出してもいいじゃねぇか。」
「あいにく、手持ちが無くてね。少ないが、慈悲だと思って受け取ってくれ。それと、これはオマケだ。」
フーゴは、先ほど果物屋で買ったオレンジを女に向かって放った。女は、片手でそつなくそれをとった。
「ふん。」
不機嫌そうに鼻をならす女を尻目に、フーゴはその場を去った。
そうして、そろそろ日陰が出来始めた路地を城に向かって歩いていくうちに、いつの間にかその女のことを忘れてしまっていた。
次話>>>
ひっそりとカウンター置きましたw